CTEPHからの再チャレンジ、プロへの復帰

CTEPH啓発⼤使であるプロサッカー選⼿の細⾙萌選⼿を聞き⼿として、CTEPHを乗り越えて競技復帰を果たしたプロサッカー選⼿の⼤⼭武蔵選⼿をお迎えし、診断から治療、復帰までの経緯と、現役プロサッカー選⼿としてのCTEPHとの向き合い⽅についてお伺いしました。
2021年5⽉17⽇リモートにて開催

1998年北海道札幌市⽣まれ。札幌⼤⾕⾼校に在学中の2016年、⽇本⾼校サッカー選抜メンバーに選出される。2017年にセレッソ⼤阪に⼊団後、2018年に胸の痛みにより受診、急性肺⾎栓塞栓症と診断される。⼀度復帰するも、シーズン終了後に再発し、セレッソ⼤阪を退団。その後CTEPHと診断されるも、BPA⼿術後症状が改善し、プレーを続けるためのクラブを探すべくトレーニングを再開する。2020年にJFLのF.C.⼤阪と契約し、プロサッカー選⼿として再スタートを切る。(2021年9⽉現在)
急性肺⾎栓塞栓症の発症、選⼿⽣命の危機
胸の違和感から強くなる痛みをきっかけに受診

細⾙選⼿:CTEPH(chronic thromboembolic pulmonary hypertension:慢性(まんせい)⾎栓(けっせん)塞栓性(そくせんせい)肺(はい)⾼⾎圧症(こうけつあつしょう))は肺の⾎管に異常が⽣じて⼼臓に負担がかかり、全⾝への酸素供給がうまくいかなくなる病気です。
▶ CTEPHとは?
症状が進むと選⼿⽣命のみならず、⽇常⽣活を送ることにも⽀障が出てしまう⼤変な病気ですが、⼤⼭選⼿は早期発⾒と治療により、みごとに競技復帰を果たしています。今⽇は、⼤⼭選⼿に診断から治療、復帰までの道のりについてくわしくお聞きしたいと思います。よろしくお願いします。
⼤⼭選⼿:こちらこそ、よろしくお願いします。
細⾙選⼿:はじめに、診断のきっかけについてお聞きします。CTEPHは、この病気だけに起こる特徴的な症状はないと⾔われていますが、⼤⼭選⼿はどのような症状で異変を感じたのですか?
⼤⼭選⼿:ある試合の前⽇、胸の辺りに違和感を覚えました。痛いという程ではなく、違和感のみだったので、いずれ治まるだろうと翌⽇の試合に出場しましたが、試合後に少し痛みが出てきました。⼀晩寝れば治まると思っていたのですが、翌朝⽬が覚めると痛みが強くなっていたので、すぐにチームドクターに連絡して病院を受診しました。そのときは急性(きゅうせい)肺(はい)⾎栓(けっせん)塞栓症(そくせんしょう)と診断されました。

細⾙選⼿:その胸の痛みというのは、どのようなものですか。「息苦しい」感じですか?
⼤⼭選⼿:僕の場合はそこまで症状は強くなくて、違和感から始まって、受診当⽇の朝は息苦しいというよりはズキズキ痛むという感じでした。ただ、だんだん痛みが強くなっていたので、これはおかしいなと思いました。
細⾙選⼿:病院を受診して、すぐに病名が判明したのですか。
⼤⼭選⼿:はい。いろいろ検査をして、その⽇のうちに「急性肺⾎栓塞栓症です」と診断されました。
細⾙選⼿:突然のことで「えっ?」という感じですよね。
⼤⼭選⼿:そうですね。しかも初めて聞く病名だったので、頭の中が真っ⽩になりました。
⼀度復帰するも再発、選⼿⽣命の危機に直⾯

細⾙選⼿:急性肺⾎栓塞栓症の診断がついて、治療やサッカーについてはどうすることになったのですか。
⼤⼭選⼿:⾎管に⾎栓が詰まる病気なので、その詰まりを取るために、まずは⾎液をさらさらにする薬剤(抗凝固薬)を服薬することになりました。医師からは「3ヵ⽉間は絶対に飲み続けて欲しい」、そして「その間、出⾎しやすくなります」とも告げられました。
細⾙選⼿:接触プレーは危ないということですね。
⼤⼭選⼿:はい。もし頭にケガでもすれば、命に関わる危険性もあると⾔われました。
細⾙選⼿:ということはその3ヵ⽉間、プレーはストップとなったのですね。
⼤⼭選⼿:試合に出場できなくなりました。それでも⾃分なりにトレーニングを重ねて体⼒維持に努め、3ヵ⽉間の服薬治療後に復帰することができました。そして無事にシーズン終了を迎えたのですが、その翌週に再発したのです。
細⾙選⼿:前回と同じような胸の痛みがあったのですか。
⼤⼭選⼿:前回より痛みが強かったので、すぐに病院を受診しました。
細⾙選⼿:復帰してからシーズン終了まで、全く症状はなかったのでしょうか?
⼤⼭選⼿:はい。僕⾃⾝は完治したつもりだったので、それが再発したかもしれないとなると、さすがにパニックに陥りましたね。
細⾙選⼿:そうでしょうね。2回⽬の診断で、医師からはどのような説明を受けたのですか。
⼤⼭選⼿:2回発症したということは、何度繰り返してもおかしくない状態だと告げられました。3回⽬、4回⽬と再発の可能性もあるし、完治は難しく、⼀⽣服薬が必要だとも⾔われました。
細⾙選⼿:すると、もうプレーはできない状況だということですね。
⼤⼭選⼿:サッカーを続けていくのは厳しいと⾔われました。そして、当時の所属チームとも契約満了となり、チームから去ることになったのです。
CTEPHを経て現役復帰に⾄るまで
CTEPHと診断されBPAに踏み切る

細⾙選⼿:⼤⼭選⼿はその後、地⽅の医療センターを受診されていますが、受診するまでにはどのような経緯があったのですか?
⼤⼭選⼿:病気について調べていく中、畑尾⼤翔選⼿(ザスパクサツ群⾺: 2021年5⽉当時)が僕と同じような病気を経験してサッカーを続けているという記事を⾒つけたのです。それで、さらに具体的な情報が欲しくてSNSで畑尾選⼿に連絡を取りました。
細⾙選⼿:畑尾選⼿は同じ医療センターで治療を受けていたのですよね。
⼤⼭選⼿:はい。僕⾃⾝、いろいろ調べる中でその医療センターを知っていたこともあり、畑尾選⼿からも背中を押す⾔葉をもらって、受診を決めました。
細⾙選⼿:そこであらためて、急性肺⾎栓塞栓症が慢性化したCTEPHと診断され、BPA(balloon pulmonary angioplasty:バルーン肺動脈形成術)を受けたわけですね。BPAとはどのような治療なのですか。
⼤⼭選⼿:BPAは、先端に⾵船がついた特殊なカテーテルを⾎管に挿⼊し、⾎栓がある場所で⾵船を広げて⾎液を流れやすくする治療です。⼿術のようにメスを使わず、⾎管内で治療をするのが特徴です。
細⾙選⼿:BPAをすれば、プレーは可能だと⾔われたのですか。
⼤⼭選⼿:「畑尾選⼿がBPAによってサッカーができるまで回復したので、同じように回復できる可能性もあるでしょう」と⾔われました。それでBPAを決断しました。
細⾙選⼿:とにかくプレーを続けたい思いがあったのですね
⼤⼭選⼿:はい、そうです。
細⾙選⼿:サッカーができるようになる可能性があるとは⾔われたものの、実際BPAに踏み切るには不安もあったと思います。家族や周囲の⼈に相談はしたのですか。
⼤⼭選⼿:もしサッカーを続けられなくなったらどうするか、家族とはずっと話し合いを続けていました。チームドクターやコーチ、畑尾選⼿のサポートも⼤きかったですね。不安でいっぱいでしたが、具体的な情報やアドバイスがあったことで、なんとか乗り越えられたように思います。
細⾙選⼿:BPAを受けて実際、効果はあったのですね。
⼤⼭選⼿:BPA後は健康な⼈と同じレベルまで⾎液の流れが良くなり、「再発のリスクは低い」と医師からも⾔ってもらえました。そこで、プレーするためのクラブを探すべくトレーニングを再開しました。
細⾙選⼿:治療の後で体⼒も落ちて、コンディションを取り戻すのは⼤変だったでしょう。
⼤⼭選⼿:体重で⾔うと3〜4kg減っていましたね。最初は動くのも不安でしたが、少しずつ体を慣らしていく感じでトレーニングをしていきました。
CTEPHと向き合いながら、プロサッカー選⼿として再スタートを切る

細⾙選⼿:⼤⼭選⼿はその後、2020年10⽉にJFLのF.C.⼤阪で再スタートを切りました。所属先が決まったときはどのような気持ちでしたか。
⼤⼭選⼿:正直、ホッとしました。なかなか所属が決まらなくて、「これはもう年をまたぐかも」と覚悟していました。それが年内の10⽉に決まって嬉しかったですし、プロサッカー選⼿として再チャレンジできる実感が湧いて、どんどんモチベーションが⾼まっていきました。
細⾙選⼿:それは本当に嬉しいことですよね。
⼤⼭選⼿:はい。嬉しかったですね。
細⾙選⼿:プロサッカー選⼿として以前から体調管理には注意していたと思いますが、CTEPHを経験して、あらためて気を付けていることはありますか?
⼤⼭選⼿:医師からのアドバイスで、⽔分補給を意識するようになりました。睡眠時間や栄養バランスにも気を付けています。また、⾶⾏機や新幹線などでの⻑時間移動はリスクが⾼いといわれているので、移動時は着圧ソックスを履き、こまめに席を⽴ったり⾜の指を動かしたり、とにかくじっとしないよう⼼がけています。
細⾙選⼿:すごい!徹底してやっていますね。正直な気持ちとして、再発の不安はありますか。
⼤⼭選⼿:全くないと⾔えば嘘になります。それでも、できることを徹底してやっていれば、不安を上回るだけの安⼼と⾃信が備わる気がします。万が⼀再発しても、それはそのとき考えれば良いと思っています。
細⾙選⼿:そうですね。家族や周囲のサポートはもちろん、信頼できる医師がいるのも⼼強いことだと思います。
CTEPH患者さんやご家族に向けて
CTEPH治療の後もポジティブに、プロサッカー選⼿としてトップレベルをめざす

細⾙選⼿:CTEPHと診断される患者さんの数は年々増えていますが、特徴的な⾃覚症状に乏しく、治療につながっていない隠れた患者さんもいると考えられます。病気について、⼤⼭選⼿の経験からアドバイスはありますか。
⼤⼭選⼿:振り返ると僕の場合、プロサッカー選⼿として体調に気を配っていたので異変に気付きやすかったのかもしれません。また、おかしいと感じても放置せず、すぐに病院を受診したのが良かったと思います。今、新型コロナウイルス感染症の影響で受診を控えている⽅がいるかもしれませんが、ちょっとした異変が重⼤な病気のサインの可能性もあります。ぜひ、ためらわずに受診して欲しいですね。
細⾙選⼿:実際にCTEPHと診断された患者さんには、どのような⾔葉をかけたいですか。
⼤⼭選⼿:僕も病名を告げられたときはパニックに陥り、サッカーをあきらめざるを得ない現実に絶望しかけたこともありました。それでも、僕はサッカーがやりたくて仕⽅がなかったので、「どうにかしてサッカーをやれる⽅向に持っていこう」とポジティブに捉えるようにしたら、そこから道が開けたように思います。⼤変なことは多いですが、「うまく病気と向き合いながらポジティブに考え、⾏動しよう」と伝えたいですね。
細⾙選⼿:そこはどうやって、気持ちをポジティブに切り替えていったのですか。
⼤⼭選⼿:周囲の⼈に相談したとき、勇気づけられる⾔葉をたくさんかけてもらいました。それで⾃分⾃⾝もポジティブになれた気がします。⼈に話すことで⾃分の中にため込んでいたものが解放されていく感覚もあったので、信頼できる⼈に話すのは⼤切なことだと思います。
細⾙選⼿:なるほど。それはとても参考になりますね。最後に、⼤⼭選⼿のプロサッカー選⼿としての⽬標、将来の夢を教えて下さい。
⼤⼭選⼿:プロサッカー選⼿として復帰し、プレーしている以上はさらに上をめざします。僕が活躍して有名になっていけば、CTEPHという病気をより多くの⼈に知ってもらえる機会も増えるはずです。僕のCTEPHの経験を広く発信していくためにも、プロサッカー選⼿としてさらに成⻑して、トップレベルをめざしたいと思います。
細⾙選⼿:CTEPHという⼤変な病気と向き合いつつ、⽇本を背負って戦うプロサッカー選⼿になればすごいことですね。ぜひ頑張って欲しいと思います。今⽇はどうもありがとうございました。
⼤⼭選⼿:こちらこそありがとうございました。
おおやま むさし
⼤⼭ 武蔵選⼿